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だからわれら笑っていよう

人間はなぜ笑うの? 永らく(紀元前から!)考えられてきた人類のナゾ、その答えがついにわかるかもしれません。
解説/井上 宏[日本笑い学会]

Illustration_ Takashi Kuno

笑いが友好を呼び
友好が笑いを育てる

人間は、なぜ笑うのでしょう。これは、紀元前5世紀、古代ギリシャ時代から、たびたび大真面目に論じられてきたテーマです。代表的な論説には、人は他人の失敗に優越感を感じて笑うという「優越理論」、既存の秩序や常識を外れた出来事に遭ったとき笑うという「ズレの理論」、心的エネルギーの緊張と放出による現象だと捉えた「放出理論」などがあります(詳しくはジョン・モリオール著『ユーモア社会をもとめて』(森下伸也訳、新曜社、1995年)を参照のこと)。

一見してどれも、当たっているようで物足りない。多種ある笑いの状況や種類全てを包括して述べることの難しさが露呈しています。ならば自分はどう考えるかというと、人がなぜ笑うかは分かりません。ただ1つ言えるのは、笑いは人間が生まれつき持っている営み、つまり生得的能力だということです。

ありがたいことに私にも21年前、孫ができたので注意して見ていたら、生まれて3、4日目に、確かにニコッと微笑みました。不意に顔をほころばせ、左右対称のきれいな笑顔を見せてくれたのです。「新生児微笑」と呼ばれるこの現象は、助産師の間では昔から「神様が笑わせている」などと言われているそうで、人種・民族問わず見られます。もちろん本人に確かめることはできませんから、単なる笑顔ではなく痙攣あるいは生理現象だという人もいます。それでも、人が生まれたときから笑顔をつくれることには違いありません。

では、なぜ人間にこのような機能が備わっているかというと、幼少期に周囲の助けが必要な生き物だからだと思います。人間の子は、他の動物と違って長い期間、大人たちの保護と養育を必要とします。生きるには、何としても周囲の気を引き、好意を持って迎えられなければなりません。そこで、赤ちゃんが持った武器が天使のスマイル。ニッコリと笑って周囲に「かわいい」という気持ちを引き起こすことで、必要な助けを促すのでしょう。

つまり、笑いの根源的な意義は、人間が他人と良好な関係を築くための手段です。社会的動物である人間が進化の過程で得た、敵対を避け好意的に助け合って生きていくための知恵であり能力だといえるでしょう。

笑いが友好を呼び<br />
友好が笑いを育てる
Illustration_ Takashi Kuno

笑うそのとき
人は生まれ変わる

さて、赤ちゃんは笑ってみて望み通りの結果が得られればさらに笑うでしょうし、もしも好ましいレスポンスが得られなければ、その武器を諦めてしまうかもしれません。誰しも笑いの機能が備わっているのに、成長するにつれよく笑う人とあまり笑顔を見せない人とに分かれるのは、その人の育つ時代や環境、社会背景や家庭環境に要因があると考えられます。自分が笑うと相手も笑う、笑うことが受け入れられる。そんな環境下では、もっと笑おう、笑わせようと、能力は顕在化し発展します。逆に、身分社会や戦時下など、笑いが不真面目や侮蔑と受け取られたり、また周囲から反応が得られなかったりする環境では、笑いの能力は退化するでしょう。江戸時代に武士の多かった江戸より、商人の多い関西でお笑い文化が栄えたのもうなずける話です。

そして、よく笑う生活と笑わない暮らし、どちらか選べるとしたらやはり、前者が好ましいのです。「笑う門には福来たる」というように、昔から人々は経験的に、笑いの効用を認めてきました。最近では、医療や介護の分野で実験や研究が進み、笑いによって膠原病やガンの症状が緩和するなど、科学的にも笑いの健康効果が解明されてきています。

さらに加えて重要なことに、笑っている間、人は我を忘れることができます。私が思うに、笑いには良いものと良くないものがあって、良い笑いとは、ただその対象だけに起因して、あふれるエネルギーを放出する無意図、無思考の行為です。逆に、好ましくないのは、嘲笑やにやつき、ふくみ笑いなど、自意識を保ち、意図やたくらみがあって表情をゆがめるような笑いです。

前者がなぜ良いかというと、例えば辛い人生やつまらない日常、難しい思考や複雑な人間関係、我々を煩わせるさまざまな脈絡を突如バッサリ断ち切って、一度現実世界を離れられるからです。心を無にし、自我を離れてただそのときを笑う。そこから再び現実世界に戻ったときには、恐らく何かが変わっているでしょう。極端に言うと、古い自分がいったん死に、新しい自分に生まれ変われるような感覚。私はいつか、こうした笑いの“再生機能”を解明したいと思っています。

※本記事は、『HAIR MODE 』および『HAIR MODE digital 』2017年11月号にて掲載した記事を転載したものです。

2018.05.17
井上 宏

いのうえ・ひろし/1936年、大阪府生まれ。京都大学卒業後、関西大学などで教壇に上りながら、1994年、日本笑い学会を設立。2010年まで会長を務め、現在は顧問として活動中。『井上宏の見ーつけた! 笑いとユーモア』(アドバンスコープ)など著書多数。

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